経済性評価QALYDALYHTA医療技術評価効用値

費用効用分析

Cost-Utility Analysis
別名: CUA、費用-効用分析

健康状態の質(効用値)で調整した生存年(QALY)または障害調整生存年(DALY)を共通のアウトカム指標として用い、異なる医療介入・健康政策を横断的に比較する費用効果分析の特殊形。

難易度 上級 ●●●費用 ●●●期間 3〜12ヶ月(効用値の計測・系統的文献レビューを含む場合)

概要

費用効用分析(CUA)は、費用効果分析(CEA)の一形態であり、健康状態の「質」を0〜1の効用値(utility value)で表し、その効用値に生存年を掛けた質調整生存年(Quality-Adjusted Life Year: QALY)や、障害調整生存年(Disability-Adjusted Life Year: DALY)を共通のアウトカム指標として用いる手法。1970年代後半に保健医療分野で発展し、英国の医療技術評価機関NICEが「1QALYあたり2万〜3万ポンド以下」という採択閾値を公表したことで世界的に普及した。日本でも2019年度から中央社会保険医療協議会(中医協)が医薬品・医療機器の費用対効果評価に正式採用している。

QALYは「完全な健康状態(効用値=1)で生きる年数と同等の価値」を基準とし、例えば効用値0.6の健康状態で10年生存すれば6QALYとなる。効用値の計測にはEQ-5D(欧州)・SF-6D等の標準的な尺度、または時間得失法(TTO)・標準ギャンブル法(SG)が用いられる。ICERを異なる疾患領域・介入間で比較できる点が最大の特長だが、効用値スコアの計測に使う尺度の選択と、それに用いるタリフ(社会選好に基づく換算表)が結論を大きく左右する。

✓ こんな時に使う

  • 新薬・医療機器・医療技術の公定価格への収載・価格設定において費用対効果を評価するとき(HTA:医療技術評価)
  • 健康アウトカムが複数の次元(生存延長と生活の質改善)を持つ介入を評価し、QALYという単一指標に統合したいとき
  • 異なる疾患領域にわたる複数の介入を同一の物差し(QALY/DALY)で比較し、予算配分の優先順位付けを行うとき
  • 国際的なガイドライン(NICE/HTAガイドライン等)に準拠した経済評価報告書を作成する必要があるとき

✕ 向かない場面

  • 健康以外の分野(教育・環境・社会政策等)— QALYはあくまで健康状態を表す指標であり、非健康分野には適用できない
  • 効用値の計測に十分なデータが存在しない稀少疾患・新興疾患 — 効用値を代用値で推定すると分析の信頼性が低下する
  • 健康格差・公正性の評価が主要課題の場合 — QALY最大化は集計効率優先であり分配的公正を内包しない

実施手順

  1. 分析枠組みの設定
    疾患・介入・比較対象(コンパレーター)・分析の視点(医療保険者/社会的視点)・時間的地平(例:生涯コホート)を明確にする。HTAガイドラインが存在する場合はそれに従う。
  2. 費用データの収集
    医療費(薬剤費・入院費・外来費)、患者の直接非医療費、間接費(労働損失)を分析視点に応じて収集する。費用には将来費用も含め、割引率を適用する。
  3. 効用値(utility value)の特定
    EQ-5D-5L等の標準尺度を用いた既存研究から各健康状態の効用値を取得するか、新規計測を行う。使用するタリフ(日本タリフ/英国タリフ等)を明示する。
  4. QALYの算出
    各健康状態の効用値に滞在期間を掛け、介入群と対照群のQALYを推計する。モデルベース(マルコフモデル等)か個人データ分析かを明示する。
  5. ICERの算出
    ICER = (介入群の費用 − 対照群の費用) ÷ (介入群のQALY − 対照群のQALY)。割引後の費用・QALYを用いる。ICERを費用対効果平面にプロットする。
  6. 不確実性分析
    決定論的感度分析(1変数ずつ変化)と確率的感度分析(PSA:全パラメータを同時にサンプリング)を実施し、費用対効果受容可能性曲線(CEAC)を作成する。
  7. 閾値判断と文脈的解釈
    日本では費用対効果評価ガイドラインに基づく閾値が適用される。ICERとの比較に加え、疾患の重篤性・代替治療の有無・患者数等の文脈情報を補足する。

長所と限界

長所

  • QALYという単一指標で異なる疾患・介入を横断比較でき、医療予算全体の優先順位付けが可能
  • 健康の「質」と「量(生存年)」の両方を統合した指標であり、単純な生存延長だけを評価する誤りを防ぐ
  • HTAの国際ガイドライン(NICE・SMC・HASなど)に対応しており、規制申請に直接活用できる
  • 確率的感度分析(PSA)により不確実性を体系的に定量化できる

限界

  • 効用値の計測に用いる尺度(EQ-5D・SF-6D等)とタリフ(国別選好重み)の選択によりQALYが大きく変わり、分析結果の再現性に課題がある
  • QALY最大化の論理は「1QALYの価値は誰でも等しい」という仮定に基づくが、高齢者・障害者などのQALY獲得が困難な集団を系統的に不利にする公正性問題がある
  • 稀少疾患では効果データ・効用値データが乏しく、外挿・推定に大きな不確実性が伴う
  • QALYは健康状態の「個人内比較」を前提とするが、障害者・慢性疾患患者の効用値は健康人の推定値と系統的に乖離する(disability paradox)

⚠ よくある落とし穴

  • タリフの選択を軽視するケース — 同一患者データにUKタリフと日本タリフを適用するだけでICERが大幅に変わることがある。提出先の規制当局が指定するタリフを必ず確認する
  • マルコフモデルの時間地平を短く設定しすぎる — 慢性疾患や予防介入では生涯地平が適切だが、短期地平にするとQALYが過少推計され、不利なICERになる
  • 感度分析でロバスト性を確認せずに「ICERが閾値以下」と結論する — パラメータの不確実性が大きい場合は確率的感度分析(PSA)が必須