経済性評価貨幣換算NPV公共投資WTP割引率
費用便益分析
Cost-Benefit Analysis
別名: CBA、費用-便益分析、B/C分析
事業の全費用と全便益を共通の貨幣単位に換算し、純現在価値(NPV)や費用便益比(B/C比)で投資の社会的正当性を判断する、公共経済学の標準的な評価手法。
難易度 上級 ●●●費用 高 ●●●期間 2〜6ヶ月(便益項目の計測・データ収集を含む場合)
概要
費用便益分析(CBA)は、公共事業・政策・プログラムが社会全体に生み出す便益と費用を貨幣単位に換算し、資源配分の効率性を評価する手法。1950年代に米国の水資源開発評価(Flood Control Act 1936)で制度化され、OECDや各国政府の規制影響評価(RIA)にも標準的に採用されている。日本では国土交通省の公共事業評価や内閣府のエビデンス評価でも広く用いられる。
分析の中核は、市場価格のない便益(環境価値・生命の価値・時間節約等)を顕示選好法(ヘドニック価格法・旅行費用法)や表明選好法(支払意思額:WTP の計測)で貨幣化することにある。将来の費用・便益は社会的割引率を用いて現在価値(PV)に換算し、NPV(Net Present Value)が正・B/C比が1超ならば社会的に望ましいと判断する。フレームワーク上の一貫性が高い反面、便益の貨幣換算の妥当性と割引率の設定が結論を大きく左右するため、感度分析とともに使われる。
✓ こんな時に使う
- 道路・橋梁・港湾などインフラ整備で、社会的正当性と投資優先順位を示す必要があるとき
- 規制・政策の費用と便益を比較し、選択肢間の効率性を根拠として示すとき
- 複数の代替案のなかから費用対便益が最も高い方式・規模を選択するとき
- 助成金・補助金の効果を貨幣価値で示し、資金提供者に説明責任を果たすとき
✕ 向かない場面
- 健康・福祉・教育など便益の貨幣換算が倫理的・技術的に困難な分野 — 費用効果分析(CEA)または費用効用分析(CUA)が適する
- 緊急対応フェーズや予算・時間が極めて限られた小規模評価 — データ収集と分析に多大なコストがかかる
- 分配的公正(誰が便益を得て誰が費用を負担するか)を主要な評価軸とする場合 — CBA は集計効率を優先し分配問題を覆い隠す
実施手順
- スコープと立場の設定分析の視点(社会全体・政府・特定集団)とスコープ(時間的・地理的範囲)を確定する。視点によって費用と便益の範囲が変わるため、最初に明示する。
- 費用の洗い出しと計上直接費用(建設費・運営費・維持管理費)と間接費用(機会費用・外部不経済)を列挙する。すでに発生した埋没費用は除外し、将来費用のみを計上する。
- 便益の特定と分類直接便益・間接便益・外部効果(正・負)を網羅的に列挙する。二重計上を避けるため、便益の流れを図示して整理する。
- 便益の貨幣換算市場価格がある便益は市場価格を用いる。市場価格のない便益は、WTP調査(CVM・選択実験)や代替市場法(ヘドニック・旅行費用)でシャドープライスを推定する。換算手法とその根拠を必ず文書化する。
- 割引率の選択と現在価値換算社会的割引率(日本の国交省推奨4%など)を用いて全費用・便益を現在価値(PV)に換算する。割引率は分析結果に敏感に影響するため、2〜3種類を試算する。
- NPV・B/C比・IRRの算出NPV(便益PV総計 − 費用PV総計)、B/C比(便益PV ÷ 費用PV)、内部収益率(IRR)を算出する。NPV正・B/C比1超を基本的な採択基準とするが、文脈に応じて解釈する。
- 感度分析・不確実性の開示割引率・便益換算値・需要推計など主要パラメータを±20〜30%変動させ、NPV・B/C比の変化幅を示す。どのパラメータが結論に最も影響するかを特定する。
- 分配・公正に関する補足分析集計値だけでは見えない受益者・負担者の分布を整理し、公正性に関する質的コメントを付記する。特に弱者層への影響は別途記述する。
長所と限界
長所
- 費用と便益を共通の貨幣単位で比較できるため、異なる政策間・代替案間の優先順位付けが可能
- NPV・B/C比という明快な意思決定基準を提供し、説明責任の根拠として広く認知されている
- 分析プロセスの透明性が高く、仮定・前提を明示することで外部レビューに耐えられる
- 感度分析と組み合わせることで、意思決定に伴う不確実性を定量的に示せる
限界
- 便益の貨幣換算(特にWTP推計・命の価値換算)は手法・調査設計の選択に依存し、同一事業でも結果が大きく変わりうる
- 社会的割引率の選択(2%〜8%等)が長期プロジェクトのNPVを劇的に変化させるが、割引率の「正解」は理論的に確定しない
- 効率性(集計的純便益の最大化)を優先し、分配的公正や脆弱層への影響を過小評価する構造的傾向がある
- 環境価値・文化的価値・生命の価値を金銭換算することへの倫理的・政治的抵抗が生じる場合がある
⚠ よくある落とし穴
- 便益の二重計上 — 例えば道路整備の便益として「時間短縮効果」と「土地価格上昇」を両方計上すると、同一便益を二度カウントする誤りになりやすい
- 楽観的バイアス(optimism bias)— 便益推計は過大に、費用推計は過少になる傾向があり、「計画落下(planning fallacy)」と呼ばれる系統的誤謬が生じる。参照クラス予測(RCF)で補正する
- 感度分析を省略したまま単一のNPV値だけを報告すると、不確実性が隠蔽されて意思決定者が誤った確信を持つ
- 割引率を意識的・無意識的に操作して結論を誘導するケースがある(高い割引率→長期便益を過小評価、低い割引率→費用を小さく見せる)