因果推論・実験因果推論観察データマッチング選択バイアス補正準実験

傾向スコアマッチング

Propensity Score Matching
別名: PSM、傾向スコア法、マッチング法

介入を受けた確率(傾向スコア)が近い個体同士をマッチさせることで、観察データから選択バイアスを除去し比較群を構成する手法。観測できる交絡因子に対応できるが、未観測の交絡因子の問題は残る。

難易度 上級 ●●●費用 ●●期間 データ整備に1〜2週間、分析・診断に1〜2週間

概要

傾向スコアマッチング(PSM)は、Paul Rosenbaum と Donald Rubin が1983年に発表した手法に基づく。傾向スコアとは「観察された共変量を条件として介入を受ける確率」であり、ロジスティック回帰等で推定される。介入群の各個体について、傾向スコアが近い対照群の個体をマッチさせることで、観察された共変量の分布を両群間で均等化した疑似的な比較群を構成する。

RCTが事前に割付を行うのに対し、PSMは実施済みまたは進行中のプログラムを事後的に評価できる。開発援助・教育・医療・労働市場政策の評価に幅広く使われており、ランダム化が倫理的・実務的に困難な場面の現実的な選択肢となっている。

マッチング方法には最近傍マッチング(1対1)・半径(カーネル)マッチング・ストラティフィケーションマッチングなど複数の方法があり、それぞれ精度とバイアスのトレードオフが異なる。

✓ こんな時に使う

  • ランダム化ができない観察データ(行政記録・既存調査)を用いて、プログラム参加者と非参加者を比較したい
  • 参加者の特性が対照群と異なることが明らかで、特性を揃えたうえで比較する必要がある
  • 共変量(交絡因子)のデータが豊富に揃っており、未観測交絡の問題が比較的小さいと考えられる場面
  • DiDやRDDを適用できない観察的な遡及評価で、代替手法として検討したい

✕ 向かない場面

  • 介入の受否に強く影響する変数が未観測であり、データとして入手できない場合——観測されない交絡因子は傾向スコアでは除去できない
  • 共通サポート(両群で傾向スコアが重複する領域)が極端に狭く、多くの対象者がマッチ相手を見つけられない場合
  • サンプル数が少なく、マッチング後にサンプルが大幅に減少して推定精度が低下する場合

実施手順

  1. 共変量(交絡因子)の特定
    介入の受否と結果の両方に影響する変数(交絡因子)をすべてリストアップする。専門的知識・先行研究・ロジックモデルを参照し、観測可能な変数を網羅する。
  2. 傾向スコアの推定
    ロジスティック回帰で、共変量を使って介入を受ける確率(傾向スコア)を推定する。モデル適合をROC-AUCや実質的なスコア分布で確認する。
  3. マッチング実施と共通サポートの確認
    選択したマッチング手法(最近傍・カーネル等)でマッチングを行う。介入群と対照群の傾向スコア分布の重複領域(共通サポート)を確認し、共通サポート外の個体をどう扱うか決める。
  4. マッチング後のバランス診断
    マッチング前後で各共変量の標準化差(Standardized Mean Difference, SMD)を計算し、|SMD|<0.1を目安にバランスが改善されたことを確認する。バランスが不十分な場合はモデル再推定を行う。
  5. 処置効果の推定
    マッチング後のサンプルで介入群と対照群の結果変数の差(ATT:処置群の平均処置効果)を計算する。標準誤差はブートストラップや適切なクラスタリングで求める。
  6. 感度分析(Rosenbaum bounds)
    未観測の交絡因子がどの程度存在すれば推定結果が変わるかをRosenbaum bounds等の感度分析で示す。結果の頑健性の限界を率直に報告する。

長所と限界

長所

  • RCTが不可能な観察データで選択バイアスを軽減し、より公正な比較を実現できる
  • 多数の共変量を単一の傾向スコアに縮約することで、高次元のデータのマッチングが扱いやすくなる(次元の呪いを緩和)
  • 既存のデータを活用して実施でき、RCTに比べてコストと期間を大幅に削減できる
  • バランス診断によって、共変量の均等化の達成状況を透明に報告できる

限界

  • 観測できない変数が交絡因子として存在する場合(未観測交絡)には対処できない——これがPSMの最大の限界であり、因果推論の妥当性はデータに含まれる変数の網羅性に依存する
  • マッチング後に対照群の多くが除外されることでサンプルが減少し、推定精度が低下する
  • 共通サポートが狭い場合、マッチング後のサンプルが元の介入群の一部を代表するにすぎず、外的妥当性が低下する
  • 傾向スコアモデルの関数形の設定(どの変数を含めるか、交互作用を含めるか等)に結果が感応する

⚠ よくある落とし穴

  • 「PSMで交絡を除去できた」という過信——観測できた変数に関するバランスは改善されるが、未観測変数による交絡は残る。感度分析の実施と、未観測交絡の可能性に関する率直な議論が不可欠
  • バランス診断を省略する——傾向スコアの推定だけ行い、マッチング後の共変量バランスを確認しないと、マッチングの質が保証されない。SMDとラブプロット(Love plot)で必ず確認する
  • 共通サポートの確認を怠る——傾向スコアが介入群と対照群でほぼ重複しない場合、マッチングは外挿になり信頼できる比較ができない
  • ATTとATE(平均処置効果)の混同——PSMのマッチングはATT(介入を受けた人への平均効果)を推定するのが基本であり、サンプル全体への平均効果(ATE)とは異なることを明示する